改行↩︎
(過度な?)文の改行を好まない人もいるらしい。まさに今自分が書いているような文のこと。
一文ごとに改行が置かれている。
改行されていない文は重くて圧倒される。
まず読む気がなくなる。
長い文章が目の前にあるとき、この文章を読むことによってどのくらいプラスがあるかを考えたり、どのくらいの労力で読めそうかを考える。
そこで文章が文字の壁だったら読む前から疲れてこないか?
本や論文などでは、ページ数が増えるとその分出版コストが上がるから、文章をギチギチに詰め込むというのは考えられる。
わりとぎちぎちに詰め込んだ文章でも余裕で1000ページぐらいは行く本もあるので、毎回改行していたらもっとページ数が増えてしまうだろう。
改行しない理由はなにがあるんだろうか?
別に人がどうしようが良いのだが、どういう理由や感性があるのか興味がある。
自分が毎回改行するようになっているのはなぜだろうと考えると、エロゲやギャルゲーのテキスト表示に慣れているからだと思った。
文章といえばエロゲな人生だったから。
まあ少し自分が一番だと思うものを考えようかな。
句点↩︎
文章についての興味と言えば、句点にも興味がある。文の終わりの
。を.(ピリオド という)にする人もいるようだ。特に日本語学術(?)論文などの文章で見ることが多い。
まあなんらかの風習や美的な感性があるのはどうでも良いとして、それをやる人はわざわざ英字入力に切り替えてやってるんだろうか と見るたびに思っていた。
読点↩︎
、の使い方、使いどころが分からなくなっている。自然にしようと思うが、見れば見るほど分からなくなっていく。
関係あるのかは分からないが、数学を学習し始めてからバグり始めた。
整形みたいに意識すればするほど気になったり、弄りたくなって、結果、(傍から見れば)奇妙なものになるのかもしれない。